スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

愛知での逃亡生活(平成22年5月更新)

2011.05.24.Tue.13:27
私は集団ストーカーから逃げ出す為に愛知や群馬などに逃げた事があります。愛知では名古屋ではとても貧乏生活をして群馬ではプレハブ小屋で生活をしていました。それらもいずれ紹介したいと思います。今回は愛知でも岡崎で住んでいた話を紹介します。以下は私が2年くらいまえにブログで書いた内容になります。そのブログは現在、集団ストーカーの被害ブログのようになってしまっていますので、紹介は避けさせていただきます。


 私は愛知県が好きです。小学生の頃から中日ファンという事もあり、なんとなく愛知県を身近に感じます。愛知県にはTOYOTAや他の工場がたくさんある事もあり、色々な仕事があります。就職情報誌やアルバイト情報誌などは東京の1.5倍近くの厚さがあります(5年以上前)。


 愛知県の人は仲間だと思われるまではなかなか心を開いてくれないようで、取っ付きにくいとか接しにくいとかいう人もいますが、逆に仲良くなれば凄く受け入れてくれるようです。私は以前に愛知県で新聞勧誘の仕事をしていた事があります。愛知の新聞は9割以上が中日新聞です。そういう面でも地元密着という事が伺えると思います。私がやっていた勧誘は他紙であったのですが(正直、今は大嫌いな新聞社の一つです。)


 勧誘の時にまず新聞を取っているか聞きますが、新聞を取っていると返答がある=中日新聞という認識です。そんな訳で他紙が中日を辞めてもらい取ってもらうのはかなり大変です。自分はその新聞社の寮に住んでいたのですが、自分が入った部屋の前の人はあまりにも契約が取れなくてその部屋で自殺未遂をしたそうです。


 それを聞いてちょっと気持ちが良くなかったので部屋の四隅に塩を置いていました。その仕事で面接を受けてから入寮までの間に1週間くらいあったのですが、面接を受けた時には6~7万円くらい持っていたのですが、その時に社長にいくら持っているかと聞かれて正直に答えたら金持ってるなって感心されました。その上、うちにくればいくらでも稼げるから使っちゃっても平気だよ!と言われて、本当に入寮する時には4千円しか持っていませんでした。それを話したら社長に爆笑されました。それって冗談だったんですね!完全歩合の仕事の面接を受けると事実に反して凄く美味しい仕事だよと言われる事がよくあります。


 普通は新聞勧誘でそんなに稼げる訳ないですよね。。。ただ、一部の稼げている人は本当に稼げていますが。新聞勧誘は契約を取れば、その日にその販売店から契約料金の一部と交通費を営業がもらえます。私は4千円しかなかった為に食費も稼がないとならない為に本当に必死でした。愛知でも山に囲まれているような地方などに行くと本当に地元密着で中日新聞が9割5分以上、占めるような地域もあります。そういう販売店では、月に一回くらい契約件数の上位の勧誘員が数人借り出されて、支払い料金も普段より多く出してもらい強化的に営業をする日があります。


 私はその強化の三日間で、三日間ともにコンスタントに契約を取る事が出来て、それまでの記録を塗り替える事が出来たようで、その時は結構お金をもらえた良い記憶があります。(偉そうに言うような事ではないと思いますが(^^;)


 また、愛知県ではブラジル人も多く住んでおり、一度勧誘に言った時に部屋から怒ったブラジル人が拳銃のような物を持って怒鳴り散らして追いかけられた事もありました。ブラジル人は洗濯物を紐で干すのでそれで見分ける事が出来ます。また、働いている人もやっぱり一筋なわではいかないような人も多くアウトローの世界に過去に足を踏み入れていた様な人も結構いました。


 私は事情が事情なだけに携帯電話も持っておらず、足が付くので携帯を契約する事も出来ず、身分証明書もあまり提出をしたくなかったので、少し疑われていましたが、新聞屋には身元不明みたな人間も結構おり、身分書もなく携帯を手に入れる事も可能でした。ですので、見つかるまでは何とか楽しく働き続ける事が出来ました。


 ただ、今となっては良い思い出です。愛知には味噌カツ・味噌煮込み・手羽先・ういろうやナナちゃん人形など色々な名物もあります。また、時間が出来た時に愛知に遊びに行きたいと思います。




愛知での貧乏生活(平成22年5月)

私は今までに、日本国内で色々な場所に住んでいた事があります。東京で生まれ、都内では5つの区に住み、東京以外では埼玉県・神奈川県・群馬県・愛知県などに住んでいた事がありました。ちなみに現在はオーストラリアです。


本当に数週間とかならもっと色々とありそうです。愛知では新聞屋の営業やパチンコ台の検査や焼き芋屋(超短期)の仕事をしていました。色々な変わった仕事をやってるなと思われると思いますが、私が仕事を探す時の基本的な基準は楽しい仕事と完全歩合又は歩合の比率が高い仕事なんです。


歩合を選ぶのは、もちろんお金もほしいというのもあるのだけれどパンチドランカー時代に散々給料泥棒などと言われた事に対しての悔しさが体に染み付いているんだと思うですね。だから、使えないなら給料くれなくても首にしても良いよって姿勢や発想が身についてると思う。


新聞屋と焼き芋屋は完全歩合の委託で寮があったんだけど、パチンコ台は契約で働いていたので寮はなくホテル住まいをしていました。とは言っても普通では考えられないくらいの恐ろしいホテル住まいです。。。


一般的にホテル住まい(ビジネスホテルも含めて)というと一階にロビー、部屋に風呂とトイレ、別階に大浴場という感じでしょうか。自分で泊まっていたホテルでは一階にロビーが確かにありました。


パチンコの料金交換所のような小さな窓からおばさんが顔だして今日の分の宿泊代金を払います。トイレはもちろん部屋にはありません。なぜなら、部屋の広さが全部で二畳くらい。そして風呂も、もちろん部屋にはありませんでした。


地下一階に大浴場??二人が入ればいっぱいの風呂が一つあり、シャワーが3台、そこに夕方6時から10時までにホテルの全員が入りにくるので、風呂の前にはみんながならんでいます。


普段は風呂にお湯を入れっぱなしにしていて中のお湯を循環させているのですが、そのお湯が止まっている時にオバサンが気を利かせて風呂の中に牛乳系のバスクリンを入れてくれているのかなって??


って思ってみたら。。。みんなの垢でした((((;´゚Д゚)))
今、思っても本当に恐ろしいホテルです。そこにはホームレス的な人やほとんどが日雇いの肉体労働の人が泊まりに来ていますので、普通にベッドで寝ていても体中が痒くてしょうがありません。


また、その時は本当に貧乏であったので朝は水とカロリーメイト、昼は値下げした300円くらいの弁当、夜はカップラーメンをいう生活を毎日していました。また、月曜日は風呂が休みの為に近くの満喫へシャワーを借りに行き、朝起きると凄い量の髪の毛が抜けていました。


しかし、そんな生活も今の生活に比べたら全然楽かもしれません。愛知では友達も出来て時々名古屋駅のそばで遊んだり、お茶をしたり、名古屋の名物を食べに連れて行ってもらったりもしました。スガキヤ、山本屋総本家、そしてコメダコーヒーにも行きました。コメダの小倉トーストは大好きですが、近くにコメダがないので残念です。


また、時々遅い時間になってからこれからラーメン行こうとか誘ってもらったりもしましたが、疲れたとかいって断っていたんです。というのも、そこのホテルが門限11時だって事を恥ずかしくてどうしても言えなかったんです。毎日、小銭の帳尻を合わせながら本当にその日暮らしの貧乏生活をしていましたが、今でも愛知は好きです!!
スポンサーサイト
コメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです

管理者のみに表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。