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フィリピンでの嫌がらせ

2014.12.20.Sat.08:00
これは私が2008年くらいに更新した物を、そのままで更新したブログ内容です。


Today, I would like to introduce bad experience in Philippine. I went there on April 2008 when I started to study English. So far I have studied English about three years and eight months.


前回のブログではバリでの悪い経験(ぼったくり)を書きました。今日はフィリピンでの悪い経験を書きたいと思います。私は2008年4月にフィリピンへいきまいた。その時は私が英語の勉強を始めた当時です。現在までに私は約3年8ヶ月英語の勉強をしている事になります。



The purpose of going there is just to study English because I decided to study business in abroad such as Australia, New Zealand or so on. Therefore I wanted to study English before I went to there because the price is reasonable.



その時には既にオーストラリアかニュージーなど海外に行ってビジネスを学ぶ事を決めていましたので、フィリピンに行った目的はもちろん英語の勉強です。フィリピンは物価が高くないのと英語を話す人口が世界で3番目に多いので、本格的にビジネスの勉強前には英語の勉強には良いと思っていました。



When I arrived at Cebu island Philippine, the school adviser was waiting for me. While we were going to the dormitory of school, this adviser asked me to go to drink in the bar. Actually, I was really tired of long fright but I thought I should accept his kind offer.



私がセブに着いたときに、ALTAという英語学校のアドバイザーが迎えに来てくれていました。(もちろん、頼んでおいたのですが)そして、私が彼らの車に乗って学校へ向かっている間に、今日何人かで飲みに行くから一緒に行かないかと誘われました。本音を言えば、私は長いフライトで疲れていたんですが、邪険にも出来ないと思い受け入れました。



However, this was bad choice. He said to me that we would go there with three other students. All of them looked like Yankee and mafia. One of them is bold head and DJ. Another had big tattoo. Also I thought that final one was mafia.



ただ、この選択が間違えでした。彼は私に他にも日本人三人来るといっていたのですが、その三人はヤンキーとチンピラ風です。一人は坊主頭の自称DJで、もう一人は体中にタトゥーを入れており、最後の一人は私はやくざではないかと思っています。



On the course of the bar, we got on the Jipnee which is kind of bus. We needed to take care of others because jipnee is changed from ban so that it is too small for many passengers. I heard that some passengers were pocket pickers.



その飲み屋へ向かう間に、我々はジプニーというバンを改造した車で移動します。ジプニーはフィリピンのタクシーのような乗り物で、そのバンの裏に20人くらい乗るのでキュウキュウです。そこにはスリが頻繁に現れるようです。



We could arrived at the bar safety. However, this bar is not ordinal bar. So the bar was prostitution place. There was the stage in the center of the bar. Many ladies who wear only under cloths were dancing on it.



我々は無事に飲みに付きましたが、そこはどう見ても普通の飲み屋ではありません。そうです、彼らが私を連れていったのは売春宿でした。そこの中央にはステージがあり、そのステージでは多くの女性が下着姿でダンスをしています。



The number was attached to the under pants. Many guys were drinking alcohol around the stage. If the person favorite a girl, he call the shopper and say the number and then the lady will come the table. If he like the lady after talking, he brought the lady to the hotel with 1700 peso.



また、番号が下着にはつけられているのですが、多くの男性がそのステージの周りで酒を飲んでおり、もし気に入った女性がいれば店員に番号を行ってテーブルに呼び、一緒に酒を飲む。それから気に入れば1700ペソを払ってお持ち帰りをするというシステムです。



Others asked me to call the number. I of course refused it and said I was satisfied to only watch it. Honestly, I felt very cold to stay there because I went there to study English not to buy lady so that I was very tiered. We did not buy lady there. However, my bad experience continued. I will write it down tomorrow.



他の連中が仕切りに私に女性を誘えと言って来ましたが、私は見ているだけで満足だと言って断りました。正直、そこにいる事自体が寒くてしょうがありませんでした。私はフィリピンには女性を買いに行ったのではなく英語を勉強しに行ったのに、更には長旅などもあり本当に疲れていました。私たちは誰も女性を買うこと無くその店を出ました。ただ、悪夢はまだまだ続きます。

Precious one shows that we went to the prostitution place but we did not buy lady. After that, the adviser bought me to the other prostitution place. This place was more eroticism place.



昨日の記事で私はフィリピンに到着した日にアドバイザーに売春宿に無理やりに連れて行かれたという事を書きました。ただ、私たちは女性を買わずに場所を移します。そして、そのアドバイザーが私たちを連れて行った場所は、他の売春宿でした。ここは前回の所より若干過激です。



This is because this place also has the stage in the center of the shop and many ladies were dancing there. However, the ladies did not wear upper cloths. In this place, others also asked me to call ladies.



ここも前回の場所と同様に店の中央にステージがあり、そこでは多くの女性がダンスをしています。しかし、ここの女性達は上半身が裸で下半身は下着だけです。ここでも他のメンバー達は私に女性を誘うように言ってきます。



However, I did not want to stay there so that I said that I refused it and I am satisfied to see them. Honestly, I hated to stayed there and I thought these Japanese were not ordinal person and really crazy.


本当にそこにいる事が本当に鬱陶しく思っていましたので、私は見ているだけで満足ですとお断りをしました。正直、疲れているのにそんな所へ連れて行きやがって本気で鬱陶しいと思っていました。そいつらは普通の日本人としての感覚を持っていない屑でした。



After that, we also changed the place where was the disco. This place was dark and very crowded. When I just stand there, someone hit my back behind me. I could not the person who hit me, when I turned back.



その後、我々は誰も女性を買うこともなく場所をフィリピンでのディスコにうつしました。ここは暗く本当に混雑しています。私はただ立っていただけなのに、そこでは頻繁に後ろから背中をバンバンと叩かれました。私が振り返っても人の多さと暗さで誰が叩いたかなど分かりません。


At last, I could go back to the hotel at 3:30a.m. I was really tired of it in that time. Next day, I had the class in the morning. I needed to attend the class however I felt really sleepy. This class composed of 8 students and 1 teacher.



そして、やっとホテルに戻れたのは朝の3時半です。私はその日は本当に疲れきりました。そして、次の日には朝からクラスがあったので、本当に眠かったのですがクラスに出席しました。このクラスは8人の生徒と1人の教師で成り立っています。



I could have only this class normal situation. In next class also composed of 8 students who are Japanese and Korean, the students look hostile to me. I did not know a reason why. When I introduce myself, all of them ignore to me.



このクラスが唯一私が普通に受ける事が出来たクラスではないでしょうか。そして、次のクラスも日本人と韓国人の8人の生徒と1人の教師で構成しているクラスです。ただ、どう見ても雰囲気がおかしいんです。理由は分かりませんが、明らかに私に対して敵対心丸出しの感じです。私がクラスで自己紹介をした時には誰もがシカトをしてきた感じでした。



The next and next next class is one on one class. However, the teacher asked me to like hostess. She also said you should go to the other prostitution place so you would prefer it next time. I answered that I did not want to go there.



そして、次と次のクラスはマンツーマンのクラスを選択したのですが、教師が私にホステスが好きなの?などと聞いてきます。次は他の場所●●に行けば気に入った女性に会えると思うよなどと言って来ます。


The rumor about I went to there was spread among the school. The teacher also asked me whether you join to the any religion. I have never belonged to any religion although I do not deny most religion except for cult.


きっと、前日の事が尾ひれが付いて広まっていたのでしょう。また、教師は続けて何か宗教などに入っているんでしょ。と聞いてきました。私はカルト以外の殆どの宗教を否定する事はありませんが、人生において一度も宗教に入った事はありません。



Also the DJ stayed in the next door and seemed to listen my class. He sometimes made noise of laughing or something. Honestly, I was really exhausted in the day. However, the harassments continued more. I will write it down tomorrow.



また、そのクラスの内容などを自称DJの坊主が隣でこっそりと聞いていたようで、時々大きな声で笑い出したり騒音を立てたりしてきます。その日も寝不足やフィリピンの暑さなどでグッタリの一日でした。ただ、悪夢はまだ続きます。


The third day was the first holiday for me. First day, the adviser brought me to prostitution place. In second day, I could not take normal class. Then this is third day.



三日目にして始めての休みになりました。初日の夜にフィリピンに着き、アドバイザーに売春宿に無理やりに連れていかれて(女性は買っていません)。次の日にはまともに授業を受ける事が出来ずに、そしてやっと訪れた休日です。



I went to there on April which is summer season so it is too hot. I did not get used to this weather and I was still tired of two days. However, the bed making came to my room at 7 a.m. I did not know why he came to my room holiday’s early morning.


私がフィリピンに行ったのは4月でしたので、あちらの4月は思い切り真夏です。私はあちらの暑さにも慣れずに、しかも二日間の出来事と寝不足などでグッタリでした。そんな中、朝の7時になぜかベッドメイキングが私の部屋にきました。そこの生徒は学校と併設されているホテルを宿舎として泊まっていたのですが、なんで休みの早朝に起こしに来るんだよと腹が立ちました。



The temperature was about 40 degree in my room because the air-conditioner did not work at all. Therefore, I could not get fine under very hot room. Also my TV set did not show at all. What is more, I do not know a reason why my PC was broken with flash.



しかも、真夏のフィリピンは部屋の中が40度くらいにはなります。それにも関わらず私の部屋は一切クーラーが聞きません。そんな為に、私はあちらではずっとベッドにグッタリとなっていたのを覚えています。また、部屋のテレビがなぜか写らなくなり、更には私が持ってきた新品のパソコンまでもが火花を吹いて壊れました。


Of course I used converter of electricity. My brain was tired under very hot place so that I was always on the bed. When I asked officers about air-conditioner and others, they looks down on me and slightly laughing.



もちろん、変圧器は使っていました。信じてもらえないかもしれませんが、全て事実です。私の頭は暑さの中でボーっとしていましたし、唯一の支えと思っていたパソコンまでも壊れてしまいました。また、私が事務所にエアコンなどについて聞きに行けば、薄笑いで物凄く見下したような対応をとられて本当に気分が悪い学校です。



Actually, I can live in most place but Philippine was danger for me because of beginner to live in abroad. I heard that Philippine is dangerous place so some incidents such as murder and napping happened around there. I did not know how to get on taxi and bus. I got to know some persons but the mafia gave pressure for them.



今では私は殆どの場所で生活をしていけるとは思っていますが、その時は10年ぶり位に二度目の海外旅行という事もあり、更にその辺りは危険な場所だとも聞いていましたので、タクシーの乗り方もバスの乗り方も知らない私はそこで生活していくのは本当に厳しさを感じていました。また、その時に少し仲良くなった人間もいたのですが、ヤクザ風のクソが彼らなどに圧力を与えたらしく、その後は私から距離を置くようになりました。



Then I was isolation. When I was tired of this situation, the guy having tattoo said to put any drug into the drink for the person became negative. They were really crazy. I thought that I wanted to study English hardly.


もちろん、私は孤立化しています。私がそんな馬鹿馬鹿しい状況に疲れていると、タトゥーを入れた奴は小さい声でネガティブになっている奴には飲み物に薬でも入れてやればいいだよと言っています。私はその学校へは本気で海外留学の準備として英語の勉強をしようと行ったのですが、


However, they said no one eager to study English in this school. I thought this was just waste time and money. So I decided to go back to Japan. I said the adviser to go back to Japan ASAP so you get Ticket for Japan.



私のそのような気持ちが分かったのでしょう。彼らはここの学校に英語の勉強をしようと来る奴など一人もいない、みんな女遊びや海に行きたくて来ていると言って来ます。私はそんな場所にいても時間とお金の無駄だと本気で思いましたので、4日目には日本に帰国する事を決意しました。そんな為に初日に私を売春宿に連れていった草野というアドバイザーに日本に帰る為のチケットを取ってくれるように頼み、5日目の早朝で日本に立つチケットを取ってもらいました。



Actually, I paid over 500,000yen for tuition fee and dormitory fee because I plan to stay there for two months. However I came back to Japan at fifth day although I took only four classes.



実際に、私はあちらには2ヶ月間いる予定で授業料と宿泊代金を事前に50万円以上払っていますので、それらを完全にそのALTAという学校に寄付する事になりました。ちなみに、今は学校を閉鎖してホテルだけになっているようです。私の証拠隠滅の為に学校を潰したのではないかと本気で思っています。私は初日の夜に着き4コマだけの授業を受けて5日目の早朝にはあちらを発っています。本当に酷い目に合わされたと思っています。これが私のフィリピン旅行の全容です。今までにも色々と海外での悪い経験を書いていますが、まだまだありますので今後も少しずつ紹介していきたいと思います。

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